ヒロセ・コサック

FULL SPEED TOWARDS FUTURE

外部生として東大物理工学科院試合格の経験談

 暗くて長い受験を終え、僕はやっと東京大学物理工学科に合格することができました。しかし、外部生として、内部生と比べて情報が圧倒的に少なく、一緒に戦う仲間もいなかったので、準備期間ではとてつもなく辛くて、何回も諦めようとした。この辛い思いを後輩に味わせない為に、自分が如何にして一人で、2ヶ月、過去問なし、出題傾向が往年と違い、研究室訪問できなかったという状況で、東大物理工学科に合格したのかを記しておきたい。

試験概要:

 物理工学科の受験科目は

  1. TOEFL iBT
  2. 工学研究科共通の数学テスト
  3. 物理工学科独自の物理テスト
  4. 口頭試問

 からなっています。一応書面審査もあるらしいが、書面で落とされた日本人は聞いたことはない。先人たちの成績開示から推測すると、TOEFL、数学、物理の配点はおおよそ1:1:4の感じです。口頭試問はどう点数つけるかわからないが、一応ここで落とされた人は偶にいるようです。

 難易度から言うと、TOEFLの難易度は目標点数の次第、数学テストはここ数年、以前のような6問から3問を選ぶような形式から3問全回答の形式に変わった。難しさが大幅減って期末テストレベルになってしまったが、その分計算量が増え、変化球も非常に多くなったような気がする。物理工学の物理は東大理物院試より簡単で、地方帝大の理物院試よりずっと難しいような気がする。

 また、先人たちと自分の手応えから、筆記試験は6割前後解けば、合格して面接へ進める。上位合格、人気な研究室に行くならば恐らく7割を目指す必要がある。物理工はどうやら毎年定員の40人くらいを超えて、60人くらい取っている。それにしても外部生にとっては倍率は4:1くらいで、東大院試の中でも難しい方だと思う。

 パッと眺めると、地方の大学生にとっては一人で物理工学を挑むのが難しいと思われるかもしれませんが、ちゃんと準備すれば、合格は決して不可能なことではないんだと思う。これから、受験のスケジュールの立て方などについて説明していこう。

 

受験概要:

 自分の場合は6月下旬からやっと重い腰をあげて、院試に総力で取り掛かれるようになった。それ以前はぼーっと英語のサクライ量子力学線形代数の本を読んでいたが、成果ゼロと言っても全く問題なかった。数学の微積分と微分方程式線形代数複素数、そして物理の4つの分野についてそれぞれ丸一日から一週間くらいまでの時間をかけて、教科書読みながら、基礎的な内容の演習をやって復習した。復習が終わったあと、一週間くらいかけて自分の学校の過去問と物理工の過去問を解いて、教科書と演習書を参照して自分なりに答え合わせた。その傍に、TOEFLの演習を一週間くらいやって受験してみた。

 結果として、数学は7年分くらいの過去問、物理の各部分についても7年から10年分くらいの過去問を解き、TOEFLは100点以上だった。時間はなかったので、一年分そのまま時間を測って全部解くような練習はしなかった。

 このような超ギリギリなスケジュールは恐らく院試を合格するための最短スケジュールなのではないかと思う。それを実現できたのは、やはり4年生の配属先が超ホワイト研究室で、全ての時間を院試に捧げるからだと思う。もっと余裕があるように合格したいなら、やはり準備期間をもっと伸ばさないと。

 スケジュールを立てる目安として、簡単な分野或いは学部でよく学んだ分野は期末テスト直前のように、丸一日でギリギリ全ての基礎的な知識を復習できると思う。忘れた分野や量子力学のような内容の多い分野ならば、一週間くらいが必要。全く学んだことのない分野ならば、もっと長い時間が必要となってくる。東大物理工の院試問題は難しいので、例え上手く解けたとしても、どうやって解いたか、どこがミスしそうになったのかをまとめる必要があると思うので、1日量子力学の過去問3年分全部把握するのが上限、ほとんどの場合はそれよりもっと時間かかる。最近によく出るような問題のパターンをほぼカバーするのに、少なくとも8年分くらいの過去問を解くのが必要だと思う。

 僕のように、過去問の問題を入手できない場合、解いた過去問を参考書で自分で答え合わせしかないのだ。熱力学のやつを除いて、久保亮五の大学演習シリーズを買う必要はないが、答え合わせの時に使えるので、図書館から借りておこう。自分が回答の正しさを判断できない場合、数学ならば、

www.wolframalpha.com

 のような計算サイト使ってみるといい。物理の場合、問題の回答が全体として矛盾していないか、次元があっているのか、教科書に書かれた性質とあっているのかを確かめば、回答が正しいかどうかは大体わかると思う。

 勉強以外のことについて、正気を保つことが一番大切。院試で一番恐ろしい結末は不合格ではなく、狂ってしまうことだ。これは冗談ではない、特に一人で他大の院試を挑む時、どんなに金や時間がかかっても、必ず自分の正気を保っている上で、院試の準備を進めていきましょう。

 これから、各科目の準備について説明していこう。

TOEFL:

 自分の中では、TOEFLは外部生にとって唯一有利な科目なのである。この科目に限って、内部外部は同じリングで公正に戦える。しかも、この科目は割と他の受験者に無視されがち、よく頑張れば点数が他人の二倍三倍になるのも全然可能なことだ。

 TOEFLは聴解、読解、会話、小論文この4部分からなって、各部分が三十点つけられ、満点120点のテストだ。TOEFLの成績の下限は語彙力によって決められ、上限はスキルと経験によって決められると思うので、80点ないし100点以上狙うなら8000以上の語彙力が必要、速攻したいなら、自分の英語レベルと対応な演習書を購入してスキルを学び、経験を積んでおこう。

 また、会話と小論文で高い点数を取るのが聴解と読解よりずっと難しい、速攻したい場合、前者を適当に切り捨てましょう。但し、少しでもコツと例文を覚えるならば、例え中学生レベルの英語で回答しても、それなりに点数が付くので、時間があれば会話と小論文を触れても、時間的なコスパは決して悪くない。

 演習書は個人の英語レベルによって結構変わってくるので、あまりお勧めなやつはない。但し、この中国のオンライン教育機構が作成した過去問演習アプリ(Androidバージョンもある)が割と使えるのではないかと思う。解説はもちろん中国語、過去問も少し古いだけど、回答付きで何十回分の演習も気軽にやれるのがありがたい。

数学:

 数学は

 この六つの分野から出題される。三つの問題はそれぞれ独立な2、3小問に分かれ、各小問はこの六つの分野と対応しているように出題されているような気がする。三つの問題に出題範囲、例えば入試の資料では数学2は線形代数と曲線曲面と書かれているはずだが、それを信用してはならない、2020年の数学2では、統計と関連するマルコフ過程が出題されたのだ。これからも、このような変化球的な、横断的な問題が多く出題されるのではないかと思う。

 数学の配点はそこまで高くない、ほとんどの大学の理学部あるいは工学部が上記の六つの分野を全部しっかりとカバーすることもないと思う。学部でしっかりと勉強してきた三つくらいの分野を確実に点数が取れるように練習し、他の分野は基礎的な本を読むことで軽く触れ、時間があれば演習もやってみるという感じで準備すれば、6割ないし7割確保できるようになれるのではないかと思う。

 自分が準備していたのは微積分と微分方程式線形代数複素数。他の三つの分野は授業で学び、特にフーリエ変換の方が日常的に使われていたが、復習すらしなかった。準備していた分野のおすすめの参考書は以下となる。

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 この本は分かりやすくて、他の大学の院試ではあまり出ないクレロー型微分方程式のようなマイナーなポイントもカバーしている。

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 往年の線形代数はよく2次形式の問題を出すが、最近は行列の計算と固有値固有ベクトルのような基礎的な内容ばかりのような気がする、となると、この本のような理論的な線形代数教科書は多分役に立たなくなるかもしれない。しかし、量子力学の問題では線形代数をガチに使うような問題も多いので、この本でもう一度線形代数の知識を自分で組み立てると、きっと役に立つだと思う。

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 往年の複素数なら、留数定理と複素積分のみならず、複素関数論についても結構出題する。これからどうなるかわからないが、一応この本で複素関数論や留数定理や複素積分を勉強しておくのが損することはない。

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 この一冊さえやれば解けない複素積分多分ないと思う。自分の中の傑作。

 既に説明したように、出題形式変わることで、数学の難しさが減った。わざと難しい演習書を探すよりも、過去問に出された問題のタイプをまとめ、これらのタイプをカバーしているような教科書と演習書で準備する方が効率的だと思う。そのゆえ、あの黄色の『演習 大学院入試問題』シリーズはあまりお勧めしない、自分も買ったけれども、線形代数微積分の所やってみたら、やはり意味ないんだと気づいた。

 他の分野を復習する時間はなかったとしても、自分が既に学んだ分野をしっかりと準備したら問題ないと思う。横断的な問題が多くなっていると説明したが、それは即ち、一見ラプラス変換の問題であっても、問題に与えられた定義と性質を持って、微積分の知識で解決できるというようなことを意味している。

 

物理:

 受験にあたって最も重要な科目物理は、力学、電磁気、熱統計と量子力学この四つの分野から出題され、それぞれの分野が一つの問題と対応しているという形式になっている。これもまた、令和以前の出題形式と大部違うのだ。

 物理工学科の物理問題は理物より簡単だと言ったが、この二つの専攻の難しさの方向性も少し違うような気がする。(東大に限らず)理物の場合は、物理知識に対してどれほど深く理解したかを問う場合が多く、一方、物理工学科の場合は、初めて見た物理モデルの性質をよく調べることができるのかを問うような問題が多い。

 したがって、物理工学科の受験を準備する場合、時間に依存する二次摂動やらイジングモデルやらのような学部生にとって難しい理論を追求する必要があまりなく、むしろ必修範囲をしっかり把握して、過去問に出てきたいろんなパターンの物理モデルの性質の調べ方をよく理解する方が大切なのではないかと思う。

 これから各分野の問題の特徴とお勧めの教科書を説明していこう。

力学:

 以前は剛体運動の問題が多かったが、最近の力学は連成振動、弦の振動ないし弾性体力学のような振動関連の内容が圧倒的に多くなっている。解析力学をよく勉強したとしても、中々すぐ解けないような問題が多い。そうとはいえ、古典力学解析力学を完全に手放しても行かない。複雑な系のラグランジアンを上手く立てなければ、きっと試験で挫折してしまう。

 お勧めの本としては、

 

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 が非常にわかりやすくて、単振動から波、波動方程式の解き方とフーリエ変換の入門までカバーした範囲の広い本です。

 連成振動と波動の演習書があまり見たことはないので、過去問にあるこの類の問題をしっかりと解いていくしかない。

電磁気:

 ぶっちゃけ受験直前までには諦めようとした。何しろ、出題傾向と理学部の電磁気と随分と違うような気がして、準備するのに苦労だった。静電磁気の内容がほとんどなく、せいぜい2、3小問程度。ほとんどの内容は媒質に入射する電磁場の話、光学や工学的な電磁気に近い内容がほとんど。受験直前でやっとなんとか光学と工学部の本を参照しながら、多少過去問を理解できるようになった。

 あまり説得力はないかもしれないけど、お勧めの教科書は

 

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 これを読めば電磁気学の全体像を把握できると思うが、問題を解くのに苦労するかもしれない。手に負えない問題があったら、まずこの本で対応するキーワードを探し、そしてこのキーワードをカバーするような光学と工学的な電磁気学の本を探して確認すれば、なんとかなるかもしれません。

量子力学

 一次元的なポテンシャルや球対称ポテンシャルのようなよく見られる問題の他、二粒子系、粒子の統計性、時間によらない一次摂動論、ハイゼンベルグ描像的な時間発展、ハミルトニアンの行列表示などの他の大学の院試ではマイナーかもしれないようなトピックもよく出てくる。トピックの数が多いものの、これらのトピックに深く立ち入らずに問題を解けるように設計されている。

 そのゆえ、準備する際に、今まで勉強していなかった、或いは難しそうに見えるようなトピックに恐れずに勉強し、その入門的なエッセンスさえ把握できればなんとかなると思う。

 お勧めの教科書として、

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 の第一冊を全部復習した上で、第二冊の9章と11章前半をやっておく必要もある。これでほとんどの試験範囲をカバーできるが、説明不十分なところも沢山ある。

 そこで、

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 が必要となってくる。できれば上下二冊、試験範囲と関連するところを全部読んで欲しい野だが、時間がなくても、手元に置いといて、猪木量子力学が物足りないとき参照できるようにしよう。

熱統計:

 量子力学と同じように、問題に現れるトピックが多いものの、深く立ち入らずに解くことができる。熱力学が出題された回数は少ないが、出題された年の問題は全部熱力学のみからなっているので、完全に切り捨てるのが危ないかもしれない。また、熱統計の問題の変化球が一番多く、しっかりと対策したと思ったところで、試験で出された問題がどうにもならなかったことは恐らく珍しくはない。それを防ぐ為、他の問題の対策を徹底するか、過去問を多めにやるしかないと思う。

 お勧めの熱力学の教科書はあまりないのだが、一応

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 を読んでおくのがお勧め、と言うのが、清水明先生の風格が非常に鮮明であり、この本を読んで馴染んでおかないと、試験でその独特な風格の問題で挫折してしまう恐れがある。熱力学を系統的に理解するにも、この本は結構いい本となっていると思う。

 統計物理学に関しては、

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 がお勧めだ。非常にコンパクトでよくまとまった本で、この一冊さえあれば統計力学の対策にとっては十分。

 また、演習として、

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 がお勧めだ。特にカノニカル統計に関する部分の例題と演習を把握できれば、過去問はほとんど難なく解けるようになれると思う。

口頭試問:

 卒論があれば卒論を発表、それがない場合はなんとか研究計画あるいは他の研究を「卒業研究に準じるもの」として発表。あまり深くいえないが、とりあえず誰でもいいから、自分の発表を他人に聞かせて、ロジックで分かりやすいようになっているかを確かめておく必要がある。研究計画の場合は知らないけど、卒論や他の研究の場合、研究そのものの偉さや志望先との関連性よりも、研究内容の全てを把握しているかを自分に問おう。

 

僕からの経験は以上だ。この記事の読者全員が好きな大学院に入れることを願う。